防長教育会の沿革

防長教育会は、山口県の教育振興を目的として、旧藩主毛利元徳の提唱の下に、毛利家はじめ2千3百余名からの多額の寄付金をもって、明治17年(1884年)10月に創立され、今年(2017年)は創立133周年を迎える、わが国最古の民間奨学団体の一つです。

創立当初の13年間は、山口・萩・徳山・岩国・豊浦に設立された5つの山口県立中学校の運営管理を、全面的に引き受けました。しかしその後、明治30年9月までにこれら5つの中学校を全て山口県に寄付し、現在はそれぞれ県立高等学校となって存続しています。
また、明治21年には山口高等中学校(その後、山口高等学校と改称)を設立し、その運営管理をしておりましたが、これも曲折を経て明治38年に国に寄付し、官立山口高等商業学校へと改称され、現在の山口大学経済学部の基礎となりました。

防長教育会は、これらの学校経営と併行して、山口県の子弟を大学に進学させるために、明治22年に「貸費留学」制度を発足させました。それ以来、前途有為な山口県出身の学生に対する、奨学金貸与ならびに人づくり指導が、防長教育会の事業の中心となっています。

なお、昭和27年には、東京に修学する学生のための宿舎として、武蔵野市吉祥寺に磨心寮を開設しました。以後24年間にわたり、多くの学生を収容してその指導に当たっておりましたが、住宅事情の好転を受けて、昭和50年に閉寮しております。

創立以来133年の間に、防長教育会から学資や宿舎等の支援を受けて卒業した学生の総数は、既に2,500名を越えています。これらの奨学卒業生は、いずれも各界へ勇躍として羽ばたき、社会のために多大な貢献をしておられます。